東京高等裁判所 平成3年(ラ)212号 決定 1991年9月12日
抗告人(債権者) 芥川製菓株式会社
右代表者代表取締役 芥川篤二
右訴訟代理人弁護士 渡辺秀雄
右輔佐人弁理士 酒井一
同 兼坂眞
同 兼坂繁
相手方(債務者) 株式会社東京フラワーセンター
右代表者代表取締役 谷本廣志
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
事実
第一当事者が求める裁判
一 抗告人
「原決定を取り消す。相手方は、別紙第二目録表示のローズ形チョコレート菓子を製造し、販売し、又は販売のための展示をしてはならない。相手方の別紙第二目録表示のローズ形チョコレート菓子に対する占有を解いて、抗告人が委任する執行官にその保管を命ずる。申請費用及び抗告費用は、全部相手方の負担とする。」との裁判
二 相手方
主文と同旨の裁判
第二抗告の理由
一 債権者商品の形態の周知性
1 別紙第一目録表示のチョコレート菓子(以下「債権者商品」という。)の形態は、抗告人の商品たることを示す表示として日本国内において広く認識されていたものである。
すなわち、債権者商品の形態は独自性ないし特異性を有すること、相手方が債務者商品の製造販売を開始したのは抗告人が債権者商品の製造販売を約五年間継続した後であること、原決定がいう「複数の花片で構成されたバラの花冠と、これにつけられた茎及び葉からなり、その花冠はチョコレート材料で、茎及び葉は造花材料で作られているもので、その全体が、自然のバラのように、立体的に成形された菓子」(以下「ローズ形チョコレート菓子」という。)が市場に出回るようになったのは昭和六三年二月末ころ以降であること、抗告人は昭和六三年二月末ころまでに債権者商品の宣伝広告を盛大に行ってきたこと、債権者商品についてNHKほか数局の放送局による報道がなされたこと、多くの大手菓子メーカー、全日本菓子工業協同組合連合会、日本菓子BB協会、日本チョコレート工業協同組合、日本チョコレート業公正取引協議会、日本チョコレートココア協会などがこぞって債権者商品の形態の周知性を認めていること、全日本菓子協会の主要メンバーを初めとする多数の関係者が昭和六三年二月末ころは債権者商品の形態が周知であった事実を認めていること、債権者商品の販売額が昭和五九年七月以降飛躍的に増大していること等に徴すれば、債権者商品の形態は、遅くとも昭和六三年二月末ころは抗告人の商品たることを示す表示として周知であったことは明らかである。
2 とりわけ、相手方に対する関係では、債権者商品の形態の周知性を肯認されなければならない。すなわち、
債権者商品は、抗告人が多大の時間と労力を投入して商品化に成功し、多額の宣伝広告費を費して市場を開拓した結果、バレンタイン商品の核として利益率の高い商品となったものである。しかるに、相手方は、かつて債権者商品の製造に関与していたものであって、債権者商品の販売が好調であることに着目して不当な利益を得ようと企て、抗告人のもとで取得したノウハウを利用して債権者商品と酷似する形態の別紙第二目録表示のチョコレート菓子(以下「債務者商品」という。)の製造販売を開始し、抗告人の販売先にまで売込みを図ったのである。これによって、債権者商品の販売額は大幅に減少したが、債務者商品の製造販売が今後も継続されるならば、債権者商品と債務者商品が競合し、抗告人が計り難い損害を被ることは明らかである。
以上のとおり、相手方の行為は公正な取引秩序を破壊するものであって、このように他人の商品たることを示す表示であることを承知の上でこれに類似する商品表示をあえて冒用する者に対する関係では、商品表示の周知性を肯認し冒用者の商品の製造販売の差止めを認容するのが相当である。
二 原決定の認定判断の誤り
1 原決定は、疎乙第二六号証及び第二九号各証を援用して、ローズ形チョコレート菓子は抗告人が販売を始める前から広く紹介されていた、と説示している。
しかしながら、不正競争防止法第一条第一項第一号の規定は、新規な技術的思想を保護対象とする特許法等と異なり、営業実績によって形成された商品表示の出所表示機能(それは、営業上の信用にほかならない。)を保護対象とするものである。したがって、昭和六三年二月末ころ以前にこれらの書籍が頒布されていたとしても、これらの書籍に記載されている技術が実際に商品化され市場において流通販売されていた事実が何ら疎明されていない以上、債権者商品の形態が抗告人の商品たることを示す表示として周知性を取得する余地が失われるわけではない。このことは、商品の同種の形態が、複数者それぞれの商品たることを示す表示として競合的に周知性を取得することがあり得ることからも明らかである。
2 原決定は、抗告人が債権者商品の形態について周知性を取得したと主張する昭和六三年二月末ころまでに、株式会社イル・パッソ(菓子工房イージー)、日本アンカー及び株式会社ビー・アンド・エーによってローズ形チョコレート菓子が販売されていた、と説示している。
しかしながら、原決定が援用する乙号各証のみでは、株式会社イル・パッソがローズ形チョコレート菓子を販売した時期が、抗告人が債権者商品の形態について周知性を取得した昭和六三年二月末ころより前であることは必ずしも明らかとならない。まして、株式会社イル・パッソによるローズ形チョコレート菓子の販売実績は僅か九個が疎明されているにすぎず(疎乙第三八、三九号証)、株式会社イル・パッソによって抗告人が債権者商品の形態について周知性を取得する妨げとなるほど多量にローズ形チョコレート菓子が販売されたという事実は疎明されていない。
また、日本アンカーが販売したチョコレート菓子は、チョコレート製の厚手の花片を三枚ほど重ねたものにすぎず、自然のバラのように立体的に成形されていない。のみならず、その販売は抗告人が債権者商品の形態について周知性を取得した昭和六三年二月末ころに開始されたのであり、しかも、販売実績数は全く疎明されていない。
さらに、株式会社ビー・アンド・エーは、抗告人の販売会社であって、同社が販売したローズ形チョコレート菓子は抗告人が製造した債権者商品である。したがって、株式会社ビー・アンド・エーによってローズ形チョコレート菓子が販売された事実は、抗告人が債権者商品の形態について周知性を取得することの妨げとなるものではなく、かえって、抗告人の営業上の信用を増大するものである。
3 なお、原決定は、事実及び理由欄の第三の一4において、六社によってローズ形チョコレート菓子が販売されている事実を説示している。
しかしながら、株式会社ビー・アンド・エーを除く五社によってチョコレート菓子が販売されたのは、抗告人が債権者商品の形態について周知性を取得した昭和六三年二月末ころ以降である。のみならず、これらのチョコレート菓子は自然のバラのように立体的に成形されておらず、債権者商品とはほど遠い形態のものであるから、右事実を論拠として抗告人が債権者商品の形態について周知性を取得したことを否定するのは誤りである。
第三相手方の答弁
一 債権者商品の形態の周知性について
1 抗告人は、債権者商品の形態が抗告人の商品たることを示す表示として日本国内において広く認識されていた、と主張する。
しかしながら、疎甲号各証にみられる宣伝広告は、それらのローズ形チョコレート菓子が抗告人の製造販売に係るものであることを示すものとしては極めて不十分であるから、抗告人が債権者商品の形態について周知性を取得することに寄与するといえない。また、全日本菓子工業協同組合連合会ほかの名で作成されている陳述書は、抗告人が起案した文書にその取引先等が形式的に説名捺印したものにすぎず、その内容は客観的事実に反している。
そもそも、債権者商品は自然のバラを模倣したものであるから、その形態に独自性は存しないし、原決定が認定したほか、リバティジャパン、ボナフラワー商事、シュール、ふらんす菓子クローバー、ベーグジャパン、サンリオ、アトリエ、プランタン銀座によってもローズ形チョコレート菓子が製造販売されている事実に鑑みれば、債権者商品の形態が周知性を取得する余地などあり得ないことは明らかである。
2 抗告人は、相手方はかつて債権者商品の製造に関与していたものであって、抗告人のもとで取得したノウハウを利用して債権者商品と酷似する形態の債務者商品の製造販売を開始し、抗告人の販売先にまで売込みを図った、と主張する。
しかしながら、相手方は、造花のデザインの開発を業とするものであり、ローズ形チョコレート菓子も相手方が抗告人の依頼を受けて創案したオリジナルデザインであって、抗告人こそが相手方の創案の恩恵を受けて売上げを大幅に増大したのである。
二 原決定の認定判断について
1 抗告人は、昭和六三年二月末ころより以前に疎乙第二六号証及び第二九号各証の書籍が頒布されていたとしても債権者商品の形態が抗告人の商品たることを示す表示として周知性を取得する余地が失われるわけではない、と主張する。
しかしながら、抗告人は、これらの書籍の頒布によって債権者商品の形態の識別力が稀薄になることを自認しているのであるから、抗告人の右主張は失当である。
2 抗告人は、株式会社イル・パッソ(菓子工房イージー)がローズ形チョコレート菓子を販売した時期が昭和六三年二月末ころより前であることは必ずしも明らかでなく、まして、同社によって抗告人が債権者商品の形態について周知性を取得する妨げとなるほど多量にローズ形チョコレート菓子が販売されたという事実は全く疎明されていない、と主張する。しかしながら、株式会社イル・パッソが昭和五八年ころからローズ形チョコレート菓子を販売していた事実を確認している金原成幸作成の確認書(疎乙第四号証)は措信し得るものであり、同社製のローズ形チョコレートの販売先は福島県から福岡県まで広く全国に及んでいたのである。
また、抗告人は、日本アンカーが販売したチョコレート菓子はチョコレート製の厚手の花片を三枚ほど重ねたものにすぎず自然のバラのように立体的に成形されていない、と主張する。しかしながら、そのように微細な点を強調しなければ債権者商品の形態の独自性が明らかにならないとすれば、そもそも債権者商品の形態が周知性を取得することは不可能というべきである。そして、日本アンカー製のローズ形チョコレートは、東京あるいは大阪において販売されていたのである。
さらに、抗告人は、株式会社ビー・アンド・エーは抗告人の販売会社である、と主張する。しかしながら、抗告人が同社に対して債権者商品の販売を許諾していたのであれば、同社が販売する債権者商品の形態は抗告人の商品たることを示す表示として機能しないことは明らかである。
三 本件仮処分の保全の必要について
債権者商品の販売量は国内のチョコレート菓子市場からみれば微々たるものであるし、債権者商品の流通ルートと債務者商品の流通ルートは異なっており、両者の取引先が競合することはないから、債権者商品と債務者商品が混同を生じ抗告人が営業上の利益を害されるおそれは全く存しない。
この点について抗告人が援用する疎甲第六九号証(大谷宇一作成の商品販売実績表)は枝付きローズ売上金額を示しているが、この金額には「枝付きローズ」ではあっても債権者商品ではないもの、あるいは、抗告人以外の名称で販売されているものの売上金額が含まれている可能性が大である。
理由
一 《証拠省略》によれば、抗告人は明治年間以来チョコレート菓子等の製造販売を業とするものであるが、昭和六〇年九月からいわゆるバレンタイン商品の核として債権者商品の製造販売を始めたこと、それまでは全体が自然のバラのように立体的に成形されたローズ形チョコレート菓子は商品化されていなかったこと、抗告人が製造販売する商品のうち「枝付きローズ」と称されるものの販売額は年を追って増大し、昭和五九年七月から翌六〇年六月までは約八七五万円であったのに対し、昭和六一年七月から翌六二年六月までは約四九八八万円、昭和六二年七月から翌六三年六月までは約九五三二万円に達したことが疎明される。
そして、《証拠省略》によれば、全日本菓子工業協同組合連合会、日本菓子BB協会、日本チョコレート工業協同組合、全国チョコレート業公正取引協議会、日本チョコレートココア協会及び全日本菓子協会のチョコレート菓子関係の六団体、菓子食品新報など七誌のチョコレート菓子関係業界誌、株式会社不二家、森永製菓株式会社、明治製菓株式会社、江崎グリコ株式会社を初めとする八六社のチョコレート菓子製造業者が、こぞって、債権者商品はそれまで商品化されたことのない斬新なものとして注目を集め、昭和六二年二月末ころは債権者商品が抗告人の製造販売に係る固有の商品であることがチョコレート菓子関係業界において広く知られていたという事実を確認していることが疎明される。したがって、遅くとも昭和六二年二月末ころには、チョコレート菓子関係業者の間において、債権者商品の形態が抗告人の商品たることを示す表示として広く認識されていたということができる。これに反する《証拠省略》は、右疎明の心証を覆すには足りない。
なお、相手方は、債権者商品はバレンタインデー及びその直前の数週間にのみ小売りされる季節商品であること、同期間には多種多量のバレンタインチョコレートが市場に登場すること、債権者商品は自然のバラを模倣したにすぎずその形態に独自性は存しないこと、債権者商品は従来周知の砂糖製あるいはキャンディ製のローズ形菓子をチョコレート製に置き換えたにすぎないことをるる主張している。しかしながら、仮にこれらが認められるとしても、これらの事実は、少なくともチョコレート菓子関係業者の間において、債権者商品の形態が抗告人の商品たることを示す表示として広く認識されることを妨げるものとは解されない。
また、抗告人が提出援用する多くの疎甲号各証によって、抗告人が債権者商品の宣伝広告を盛大に行っている事実も疎明される。ただし、これらの宣伝広告には、抗告人あるいは株式会社ウブリエ(《証拠省略》)によれば、抗告人はその製造した債権者商品の一部を「ウブリエ」のブランドでデパート、ファンシーショップあるいは洋菓子店において販売していることが疎明される。)の名称は必ずしも大きく表示されていない。しかしながら、《証拠省略》によれば、テレビ番組等において、いわゆるCMではなく、番組の内容として各企業の催物を取材したり、話題として商品を取り上げたり、プレゼント形式をとること等によって、ごく自然にブランドや商品名を放送して販売促進を図る宣伝方法をパブリシティと称することが疎明されるが、抗告人が債権者商品について行っている宣伝広告の多くはこのパブリシティに該当すると考えられる。そして、いずれも昭和六三年二月末日以前に刊行された雑誌と認められる《証拠省略》によれば、多くのパブリシティの中に抗告人の名称が表示されていることが疎明される。したがって、このような宣伝広告によっても、ローズ形チョコレート菓子に関心を有する需要者ならば債権者商品が抗告人の製造販売に係るものであることを十分に認識することができ、したがって、債権者商品の形態は、チョコレート菓子関係業者の間のみならず、ローズ形チョコレート菓子に関心を有する需要者の間においても、遅くとも昭和六二年二月末ころには抗告人の商品たることを示す表示として広く認識されていたと理解するのが相当である。
二 そこで、検疎甲第一号証(債務者商品)と検疎甲第二号証(債権者商品)を対比すると、両者は、チョコレート材料から成る複数の花片で形成されるバラの花冠と、これに付けられた造花材料から成る茎及び葉によって構成され、全体が自然のバラのように立体的に作られた形態を有する点において、彼此とり紛れるほどに類似しているということができる。
そして、債権者商品の形態が、全体がバラのように立体的に成形されている特有の形態のチョコレート菓子として、識別機能を有することは前記のとおりである。したがって、債務者商品は、その形態が抗告人の商品たることを示す表示として広く認識されている債権者商品の形態と類似していることによって、卸売店あるいは小売店などローズ形チョコレート菓子を販売のため展示する商品取引の場において、取引者あるいは需要者に対し、債務者商品が抗告人の業務に係る商品であるかのような印象を与え、その出所の誤認混同を生ずるおそれが極めて強いというべきであり、その結果として、抗告人の営業上の利益が害されるおそれは十分に存するといわなければならない。
三 この点について、相手方は、債務者商品以外にも債権者商品に類似する形態のローズ形チョコレート菓子が販売されていたとして、検疎乙第二号証(メサージュ・ド・ローズ)、第三号証(スイートプラザ)、第五号証(日本アンカー)、第六号証(ブール・ミッシェ)、第七号証(ルリエ)、第八号証(アトリエ)、第一〇号証(リバティジャパン)、第一一号証(ボナフラワー商事)、第一二号証(シュール)、第一三号証(ふらんす菓子クロバー)、第一四号証(ベーグジャパン)、第一五号証(サンリオ)、第一八号証(サンリオ)及び第一九号証(プランタン銀座PG)を提出する。しかしながら、これらの検疎乙号各証のローズ形チョコレート菓子のうち、検疎乙第一一号証(ボナフラワー商事製)及び第一八号証(サンリオ)を除くものの形態は、いずれも、検疎甲第二号証(債権者商品)と対比したとき、彼此とり紛れるほどに債権者商品の形態に類似しているとは到底いえない。したがって、検疎乙第一一号証及び第一八号証を除く右検疎乙号各証のローズ形チョコレート菓子が昭和六二年二月末ころ以前に販売されたものであるか否かを論ずるまでもなく、これらの検疎乙号各証を論拠として債権者商品の形態の周知性を否定することはできない。検疎乙第一一号証及び第一八号証のローズ形チョコレート菓子はいずれも債権者商品に比較的類似する形態を有するといえるが、これらのローズ形チョコレート菓子が昭和六二年二月末ころ以前に販売された事実は疎明されていない。なお、相手方が提出した検疎乙号証のうち、第四号証(「発売元株式会社B&A」の表示があるもの)は債権者商品に類似する形態を有するといえるが、抗告人はビー・アンド・エーは抗告人の販売会社であると主張しており、これを疑うべき事情は疎明されていない。そして、債権者商品が他者の名でも販売されていたとしても、債権者商品の形態がなにびとかの商品たることを示す表示としての周知性を取得することの妨げになると考えねばならない理由はないというべきである。
また、相手方は、株式会社イル・パッソ(菓子工房イージー)あるいは株式会社ワンダーランドによって、債権者商品に類似する形態のローズ形チョコレート菓子が製造販売されていたと主張し、疎乙第二号証、第四号証、第九号証、第一〇号証、第一七号証、第三七号証(各枝番を含む。)及び疎乙第三号証の二、乙第一三号証を援用する。しかしながら、これらの疎乙号各証のみでは、株式会社イル・パッソ(菓子工房イージー)あるいは株式会社ワンダーランドが製造販売していたローズ形チョコレート菓子が、債権者商品と彼此とり紛れるほどに債権者商品に類似する形態を有するものであることについて、疎明の心証を得ることができない(疎乙第一七号証(相手方代表者作成の報告書)も、この点について独自の証拠価値を有するものではない。)。したがって、株式会社イル・パッソ(菓子工房イージー)あるいは株式会社ワンダーランドの製造に係るローズ形チョコレート菓子が昭和六二年二月末ころ以前に販売されたものであるか否かを論ずるまでもなく、これらの疎乙号各証を論拠として債権者商品の形態の周知性を否定することはできない。
さらに、相手方は、ローズ形チョコレート菓子の製造法が記載されている書籍(疎乙第二六号証、第二七号証、第二九号証の一、二)を提出する。しかしながら、これらの書籍は、昭和六二年二月末ころ以前に、債権者商品の形態と類似する形態を有するローズ形チョコレート菓子が実際に商品化され、どの程度の数量が市場において流通販売されていたかの事実を何ら明らかにするものではない。したがって、これらの疎乙号各証を論拠として債権者商品の形態の周知性を否定することも、明らかに失当である。
なお、相手方は、抗告人の取引先と相手方の取引先は競合することがなく、したがって債権者商品と債務者商品の混同が生ずることはない、と主張する。しかしながら、《証拠省略》によれば、債権者商品と債務者商品の混同が生じ得る事実が疎明されるから、相手方の右主張は失当である。ちなみに、債権者商品がチョコレート及び水飴から成るショコラ・プラスティックを原料とするのに対し、債務者商品は水飴、砂糖及びカカオバターを原料とすることも、債権者商品と債務者商品の混同が生じ得る事実についての疎明の心証を覆すには足りない。
四 以上のとおりであるから、相手方に対して債務者商品の製造、販売及び販売のための展示の差止めを求める抗告人の本件仮処分申請は、被保全権利の疎明があるというべきである。
そこで、本件仮処分申請について保全の必要性を検討するに、抗告人が製造販売する商品のうち「枝付きローズ」と称されるものの販売額が昭和六二年七月から翌六三年六月までは約九五三二万円であったことが疎明されることは前記のとおりであるが、《証拠省略》によれば、抗告人が製造販売する商品のうち、「枝付きローズ」と称されるものの販売額はその後も年を追って増大し、昭和六三年七月から翌平成元年六月までは約一億五五六八万円、平成元年七月から翌平成二年六月までは約一億七一〇三万円、平成二年七月から翌三年六月までは約三億一六二六万円に達していることが疎明される。
一方、《証拠省略》によれば、相手方が製造販売する商品のうち「枝付ローズ商品」と称されるものの販売額は、平成元年一月から一二月までは約八五〇万円、平成二年一月から一二月までは約二〇七九万円(なお、平成三年一月から六月までは約二〇九九万円)にすぎないこと、試みに平成二年七月から翌三年六月までの販売額を求めると約二一六九万円になることが疎明される。
そこで考えるに、疎第六九号証にいう「枝付きローズ」のうちどの程度が債権者商品に該当するか、疎乙第五〇号証にいう「枝付ローズ商品」のうちどの程度が債務者商品に該当するかを疎明する資料は存しないが、いずれにせよ、ローズ形チョコレート菓子に関する限り、抗告人の営業規模と相手方の営業規模が甚だしく異なることは疑いの余地がない。したがって、たとえ相手方に債務者商品の製造販売の継続を許したまま本案判決の確定を待ったとしても、抗告人において著しい営業上の損害を被るおそれがあると考えることはできない。とりわけ、本件仮処分申請は満足的あるいは断行的な仮処分を求めるものであるから、抗告人において被るおそれがある損害が、仮処分によって相手方が被る不利益と比較して著しく過大であることを要すると解すべきであるが、この点を疎明するに足りる資料は存しないといわざるを得ない(抗告人が援用する疎甲第四四号証(抗告人代表者の陳述書であって、平成二年における価格五〇〇円及び一〇〇〇円の「ビューティーローズ」の売上げが、前年の約七九%に落ちたことが記載されている。)も、右の点を疎明するに足りるとはいえない。)。
したがって、本件仮処分申請については保全の必要性は疎明されていないというべきであり、かつ、抗告人に保証を立てさせることによって保全の必要性の疎明に代えることも相当と認められないから、本件仮処分申請を却下した原決定は、結論において正当である。
五 よって、本件抗告を棄却することとし、抗告費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条の各規定を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 佐藤修市)